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『思考の整理学』

最近読んだ本。外山滋比古さんの「思考の整理学」。最寄りの書店で「当店だけで○○○冊売れました!」みたいなPOPで推していたので手にとってみた。

「東大・京大で1番読まれた本」と帯に書いてあったので、そんな本が俺に理解できるのか?とも思ったが、実際読んでみると、全然堅苦しい書き方はされていない。学術テーマのエッセイで、文章が小気味良くて読みやすいし面白い。

学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、エンジンのついた飛行機などが混じっていては迷惑する。

外山滋比古 「至高の整理学」

学校教育は、優秀なグライダー人間は生み出すが、飛行機人間はなかなか育たないという問題提起から本書は始まる。ここでいうグライダー人間というのはつまり、何かに引っ張ってもらうことで空を飛べるが、自身に動力を持ってない人間のことを差す。自力で飛ぶことはできない。

まぁ、他のところでもけっこう議題に登る話だ。この本が発行されたのは1986年で俺は生まれてない頃だが、当時としても別に突拍子もない意見というわけではなかったんじゃないだろうか。そういう問題が認識されてたからこそ、詰め込み型教育の是正だとかゆとり教育だとかに繋がっていった訳で。とはいえ、先の引用の中で、グライダーの中にエンジン飛行機がいたら迷惑だと触れられているように、どうしても学校は社会制度としての側面が強いわけで、そうなるとやはりグライダー訓練所を性質を捨て去るのは難しい。実際、発行から34年経ってもこの問題は解決できてないわけで。

かくいう俺も、我ながら正真正銘のグライダー人間だと思う。子供の頃は特に、自慢じゃないが割と優秀なグライダーだった。やれと指示されたことは大抵できた。勉強で苦労したことはほとんどなかったし、成績も上々。大学に入って、色んな人に出会って、世界が広がったが、同時に不安も覚えた。田舎の狭い空だけ言われるがままに飛んでいたまではいいが、急に広い世界を見せられて、どこに飛んでもいいと言われても、飛び方はおろか、どこに行きたいかも分からない。その大学も卒業してしまってはもう、俺はグライダーどころか糸の切れた凧である。とりあえずどこかに糸を結び付けておかなくてはと入社したのが前職だ。別に悪い会社じゃあなかったが、結局それだけのことだから楽しいハズもないのだ。今の結果を見れば何より明らかである。

話を戻す。とにかく、そういうグライダー型の学生が毎年のように、卒論の時期になるとすがってきたそうで。自由に書けと言われても、何を書けばいいか分からない。ちょっとした気付きや思い付きから、論文のテーマ足りうる一つのアイデアにまで昇華させるまでのその方法が分からない。この本は、外山先生が自分なりの物事の考え方、発想のプロセス、言い換えて「思考の整理」の方法をエッセイでまとめたものだ。

物事の考え方だとかプロセスだとかは人それぞれが我流のものを持っていて、本書に書かれているのはあくまで外山先生個人のものだ。だからこの本はいわゆるハウツー本ではないし、そういう押し付けがましい書き方もされていない。だけれども、自分がどのように物事を考えているかなんて意識してみる機会はほとんどない。他人の思考の整理方法に触れて初めて自分のそれも意識できる。それで気づくこともあるだろう。我流の考え方ではAを見てA’という発想しかできなかったのが、少し方法を変えただけでBにもCにもなることがあるかもしれない。そういう意味で本書はとても有意義だと思う。少なくとも、そういうヒントはたくさん書かれている。

本書が発行された1986年には既に、コンピューターが人間の仕事を奪うだろうということは予測されていた。主に、知識の貯蔵という意味では、人間に勝ち目はないのだから、もっと考える方に力を入れなければならない。だからグライダーではなく飛行機型の人間が大事なのだと外山先生も触れている。悲しいかな、現代の状況はさらに深刻で、AIにより機械も学習するようになった。しかし、だからと言って、本書の内容が古くさくなるわけではない。少なくとも今のところ、だが、AIはものを「思考」しているわけじゃない。「試行」でデータやパターン分析の精度を上げているだけだ。本書の言葉を借りるなら、麦となるような思いつきから、酵素となる全く異質のヒントを取り込んで、発酵させアルコールと呼べる発想を得る、そんな化学反応的な思考を機械はまだしない。俺も長生きする予定はないが、せいぜい死ぬまで働いていられるように、もっと人間的な思考の仕方を意識していかなきゃならない。

ちなみにこの本、発行部数が200万部を超えたのは初版から数えて30年目の2016年という、元中日ドラゴンズの山本昌投手を彷彿とさせるようなロングセラーなのだが、そのきっかけになったのは、2007年当時盛岡のさわや書店で店員だった松本大介さんが作った「もっと若い時に読んでいれば・・・」という店頭POPだったらしい。確かに、その気持ちは分かる。本書の内容は、言ってみれば、学ぶとは何かという本質に近いものである。大学生というよりは、卒業を控えた高校生に推薦したい一冊。進学しようがしまいが、スポーツに打ち込もうが、芸術に傾倒しようが、誰にとってもその後の人生のヒントになるハズ。

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